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岡山地方裁判所 昭和45年(わ)116号 判決

主文

被告人を

判示第一の罪につき懲役一年に、判示第二の罪につき懲役一年六月に、処する。

未決勾留日数二一〇日を右懲役一年六月の刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、一 昭和三九年一二月二〇日午後一〇時過頃、岡山市洲崎地内大和紙器北側市道上において、同所を通行中の藤田小夜子(当時二四年)に対し、その所持するハンドバックを窃取しようとして、右平手をもつて同女の口および鼻をふさいで同所の田圃内に転倒させたうえ、更に同女の口および鼻を引き続いて強く押えるなどの暴行を加え、

二、前記日時、場所において、同女所有の現金六、五六二円および財布、万年筆、化粧品など一八点位在中のハンドバック一個(物品の時価三、三〇〇円位)を窃取し、

第二、一、別紙犯罪一覧表記載のとおり、昭和四四年四月一五日頃から同年一二月二〇日頃までの間、前後二四回にわたつて、同市京町七番二八号横田美鈴方などにおいて、同女らの所有にかかる現金合計一五万一、五七〇円位およびハンドバック、財布などの物品七三点位(時価合計六万八、九八〇円位)を窃取し、

二、いずれも窃盗の目的で

(1)  同年五月二二日頃、同市岡町一一一番地石雲荘アパート仁城和恵方四畳半の間に侵入し、

(2)  同年一二月一〇日頃、同市新京橋二丁目九番一三号野村芳子方四畳半の間に侵入し、

(3)  同月二二日頃、同市新京橋一丁目七番二一号松下アパート内秋内勇方室内に侵入し

たものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(確定裁判および累犯前科)

被告人は、昭和四一年四月七日、広島高等裁判所岡山支部において、強姦未遂、強盗、強盗致傷罪により懲役三年六月に処せられ、右裁判は同年九月二〇日に確定し、昭和四四年八月一日右刑の執行を受け終つている。この事実は検察事務官柏正作成の昭和四五年二月一〇日付前科調書によつて認める。

(法令の適用)

被告人の判示第一の一の所為は刑法二〇八条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第一の二および判示第二の一の各所為はいずれも刑法二三五条に、判示第二の二の各所為はいずれも同法一三〇条、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するところ、判示第一の一と二の所為とは互いに手段と結果との関係にあるので刑法五四条一項後段、一〇条により重い判示第一の二の罪の刑で処断することとし、判示第二の二の各罪につき所定刑中いずれも懲役刑を選択し、被告人には前示のとおりの前科があり、これと判示第二の一別表一覧表番号12ないし24の罪、判示第二の二(2)および(3)の罪とは累犯の関係にあるので同法五六条一項、五七条を適用してそれらの各罪の刑に累犯の加重をするが、同法四五条前段および後段によると、前示確定にかかる強姦未遂などの罪と判示第一の罪とは併合罪であり、判示第二の罪はそれとは別個の併合罪の関係にたつ。よつて、同法五〇条によりまだ裁判を経ない判示第一の罪につき更に処断することとし、所定刑期範囲内で被告人を懲役一年に処し、判示第二の罪につき同法四七条本文、一〇条(判示第二の一別紙犯罪一覧表番号12ないし24の罪についての罪については更に同法一四条を適用)を適用して重い同表番号15の罪の刑に併合罪の加重をした刑期範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中二一〇日を右懲役一年六月の刑に算入し、訴訟費用は刑訴法一八一条一項但書に従つて被告人に負担させないこととする。

(訴因と異なる事実を認定した理由)

一、判示第一の所為につき、検察官は、強盗罪が成立すると主張するのであるが、当裁判所は、前示のとおり暴行罪と窃盗罪との二罪の成立を認めた。その理由の要旨は次のとおりである。

二、まず、検察官の主張する公訴事実の要旨は、「被告人は、昭和三九年一二月二〇日午後一〇時過頃、岡山市福浜地内福浜小学校前バス停留所付近に自動車で通りかかつた際バスから下車し左方の田圃道に向い入つて行く藤田小夜子(当時二四歳)を認めるや、同女が所持するハンドバックを強奪しようと決意し、約一八〇メートル北東の田圃道まで追尾した場所において、背後から襲いかかり、右平手をもつて同女の口、鼻をふさいで、同所の田圃内に転倒させ、そのままなおも引き続き口、鼻を押えつけるなどして反抗を抑圧したうえ、同女所有の現金六、五六二円位及び財布、万年筆、化粧品等一八点位在中のハンドバック一個(物品時価三、三〇〇円位相当)を強奪したものである。」

というのである。

三、そこで、証拠に即して事実関係をみてみるのに、被告人の検察官に対する昭和四五年三月一二日付、司法警察職員に対する同年二月二七日付各供述調書、証人藤田小夜子の当公判廷での供述、司法警察職員作成の昭和三九年一二月二一日付実況見分調書によると被告人は、本件当日夜、勤務先会社の軽四輪自動車に乗つて、窃盗の目的で、岡山市福島方面へ向う途中、同日午後一〇時頃、福浜小学校前バス停付近に差しかかつた際、たまたま停車していたバスより降りた乗客のうち藤田小夜子(当時二四年)がただ一人でバス停の東側の田圃道を歩いて行くのを認め、同女の所持していたハンドバクに目をつけこれを奪取しようと考えて、乗用の自動車を道路端に停めたうえ徒歩で同女の後を約一八〇メートルつけて行き、同女が被告人に道を譲るように道路左端に寄つた際、いきなり同女の口、鼻を右手で押えつけ声を出させないようにしたところ同女が道路脇の田圃の中に仰向けに転倒したので、なおも、同女の口、鼻を押えつけて声を出させないようにしながら付近を探すうち、転倒した同女のかたわらにハンドバックの落ちているのを見付け、それを奪つてその場より逃走したとの事実を認めることができる。

四、右にみたように、本件は暴行を手段として財物の奪取の行われた事実であるが、強盗罪が成立するためには、加えられた暴行の程度が被害者の反抗を抑圧するに足りる程度のものでなければならないことはいうまでもない。そして、暴行が右の程度に達しているかどうかは、暴行の内容およびその態様、被害者の性別、年令、犯行の時間、場所、被告人と被害者との関係、当時の言動など諸般の状況を総合して判断する要あるものと考えられる。そこで、それらの諸点につき更に考察してみるのに、前記実況見分調書によると、本件現場は、岡山市街地を南にはずれた同市福浜一五三番地福浜小学校前バス停留所付近から同市洲崎方面に通じる市道を東に約二〇〇米行つた地点であつて、最も近い人家まで約四〇米はなれている田圃に囲まれた外燈の設備のない田舎道であることが認められる。ところで、このような場所において、冬期の午後一〇時過頃というおそい時間に、一人歩きの当時いまだ二四歳の未婚の女性を追尾し、いきなりその口、鼻を手で押さえてその場に転倒させ、更に口、鼻を強く押えるなどの暴行をしているのであるから、それが被害者の精神的ないしは身体的自由に対して与える影響は必ずしも軽くないことはもとよりである。しかしながら、右の暴行は、せいぜい二、三〇秒間位のごく短時間なされたに過ぎないこと、主として救いの声をあげさせまいとして口、鼻を押える方法でなされており、被害者の身体的自由を制圧するような態様でなされていないこと、被害者は手足をはげしく動かして抵抗し、被告人の股間を殴打してひるませるなどの行動に出ていること、犯行現場の道路両側には人家はなかつたけれども、約四〇米はなれたところには人家が建ち並んでおり、救助の叫び声が容易にとどき得る距離にあつたうえ、現に被害者の叫び声を聞きつけて救いの手をのべた人のいたことなどの事情が認められるので、これら諸般の事情を総合して判断すると、本件暴行は被害者の反抗を抑圧する程度に達しているものとは認めがたいといわざるをえない。

五、そうすると、本件については、強盗罪の成立は認められないこととなるが、訴因の範囲内で、暴行罪と窃盗罪の成立は認めうるので、前示のような認定をしたわけである(暴行罪については公訴時効の期間経過後の公訴提起になるが、前記のとおり、窃盗罪と一罪の関係にあるので、時効の期間は重い窃盗罪所定のところに従うべきものと考え、免訴の言渡はしない。)。なお、弁護人は、本件は一種の「ひつたくり」であつて、窃盗罪のみが成立するように主張するが、前示のような暴行の程度からすれば、ただ単に被害者の注意をそらすというような軽いものとは認めがたいので、窃盗罪のほかに暴行罪の成立を認めざるをえないと考える。

よつて、主文のとおり判決する。(岡次郎)

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